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12月3日「カレンダーの日」とは

明治5年11月9日、時の政府は「来る12月3日を明治6年1月1日とする」と宣言。23日後に迫った突然の改暦に世間は一時的に混乱を来したものの、それ以後の日本はグレゴリオ暦を採用する諸外国との足並みを揃えることになり、文明国家の仲間入りを強く世界にアピールすることができました。

また、もうひとつの意義として、明治維新以後、逼迫していた政府財政の回復効果を狙ったという説もあります(閏月を含む2ヶ月分の人件費の削減)。

このように「12月3日」(明治改暦の初日)は、現在まで続く日本国発展のきっかけになった日と言えます。この史実に基づき、昭和63年(1988年)カレンダーの業界団体である全国団扇扇子カレンダー協議会および全国カレンダー出版協同組合連合会によって「12月3日」が「カレンダーの日」として制定されました。
平成23年(2011年)8月には日本記念日協会より記念日として正式登録されています。

「カレンダーの日」の由来

日本で現在使用している太陽暦が採用されたのは1872(明治5)年のことです。当時、政府は「来る12月3日を新暦(太陽暦)の明治6年1月1日とする」と発表しました。これまで太陰太陽暦ですべてが動いていたのに、わずか22日後から暦が変わることになったのです。その混乱ぶりは想像以上のものでした。
しかし、この改暦は太陽暦を採用している諸外国と外交上で足並みをそろえるため、そして日本が文明国家に仲間入りしたことを海外に広くアピールするための施行でもありました。 その後、日本が文明国家として大きく成長したのはいうまでもありません。
大正、昭和に入るまで社会は太陽暦にのっとって動いてはいましたが、庶民の暮らしはまだまだ旧暦によるところが大でした。

例えば、農村の種まきや祭礼日、親の命日などは旧暦通りに行われます。昭和22年の調査では「新旧暦を併用して使っている」と答えた人は全国で44パーセントにものぼったとか。庶民の暮らしにいかに太陰暦が浸透していたか、改暦当時の混乱ぶりが想像できるようです。
ともあれ、日本国民に大きな衝撃を与えた1872年の改暦ですが、この史実に基づき昭和63(1988)年、12月3日を「カレンダーの日」と制定したのです。

カレンダーの由来
カレンダーの日とは
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